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【一万石の城下町】 (動く画像へリンク) 安来市(旧伯太町)母里 松江藩の下に広瀬藩があり その下に位置する母里藩 日本で一番石高の少ない 城はないが一万石の城下町。 廃藩置県の折、数年間 母里県ができたと言う。 写真は後藤家(旧宮田家) |
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【やまとや】明治の建築 酒屋を営んでいる、せめてもの贅沢に格子の屋根に 猿の頭の格好を模した桟木で仕上げてある。 |
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【かのや】江戸時代の建築(この町でもっとも古い建物) 薬局を営んでいた。今では住む人もなく朽ちていくのか・・ この町で3件の文化財登録がなされた。 やまとや・奥野本家・奥野分家には文化庁からプレートが貼られる。 今後も文化庁への登録を増やす計画とか。 |
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【奥野本家】明治の建築 創建以来初めて、先の鳥取県西部地震で外壁の漆喰が剥がれた。 左官技術の高さが伺える。 道路沿いの家屋は道路に対し角度をもって建築した。 手前はほぼゼロ、先に行くほど道路との距離が離れる。 戦国時代応戦するのに兵士が隠れるに都合がいいとか・・・ |
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【奥野分家】明治の建築 箱階段がある中の間、天井は竹を並べた上に土を葺いた 「大和天井」は高度な防火性・断熱性 |
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【ドイツ壁】奥野分家 明治から大正期にかけて外国の建築様式を真似するようになった。 柱に見える部分と壁面を一体で型枠とし、コンクリートを流し込んだ めずらしい塀。 |
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【路地・小路】町並みの裏には路地・小路が配されている。 屋敷の裏手には水路がひかれ、洗濯・洗いものなど行われていた。 |
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【柴田本家・分家】 地元の有力者柴田家には南分家と東分家があり、南分家は住む人無く。 |
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【後藤家】 広瀬の豪農であった宮田家が取り壊されることになり、 後藤家がそのまま譲り受け移築する事となった。 10数年かけて完成した宮田家の材料は狂いもなく、 虫害も雨漏れもなく腐食が殆どなかった。塾として使われていた宮田家は 子供たちの落書きもそのまま壁を壊さず移築。 |
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【後藤家】 2階の座板がそのまま天井板となる、大引き天井の大引きに面が取ってある この地方ではほとんどされない工法である。 |
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【後藤家】 6室続きの和室はしっとりと落ち着いた風情を醸し出している。 |
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【後藤家】 つくばい、下駄付きの石もそのまま、庭木も移築した。 床の間の掛け軸が大きい場合の底上げ格(ごう)天井。 |
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街のあちらこちらで、
その時代の匠のワザを見ることが出来る |